タイムマネジメントの普及に向けて:「仕事の仕組み」とその開発エピソード3

5.出版(1995 年~)

先生はいなくなりましたが、タイムマネジメントの道を歩む決意をし、シャープさんにお詫びに行きました。そこでザウルスの先代機種のPV-F1やアップルのニュートン(今のiphonにDNAは繋がっています)の企画のお話を聞き、欧米では私の先生が粗相をしましたが、日本ではそれらの商品の販促になるような書籍を出す約束をさせていただきました。
先生とのバトルをまとめてタイムマネジメントのロジックを作り上げている最中にザウルスが開発・販売されることになり、ザウルス用の書籍を作ることにしました。ちなみにザウルスの本はシャープさんへのお詫びで書いているのでシャープさんからは出版の金銭的な支援は頂きませんでした。
同時に某通信関連会社さんのプロジェクトは、今までにない新しいロジックでのタイムマネジメント研修、ホワイトカラーの生産性向上研修を開発して欲しいという要望だ ったので、英国とのバトルをまとめるには最適のプロジェクトでした。英国とは関係な く作業をする旨了解を取り付けて、コースを開発しました。
同様に某損害保険会社さんでの研修開発もご担当者がとてもロジカルな方だったので、理論構築には最適なお仕事でした。その際に開発した(発見した)ロジックは、五つでした。
「自分一人でやる仕事と他人 と共同でやる仕事」、
「事前にわかる仕事と事前にわからない仕事」、
「仕事のはじめとおわり」、
「仕事の質と量」、
「仕事の予定・目標と実績」
の五つはどんな仕事にも誰がやる仕事にも共通に存在する要素と位置づけることができました。
この五つを突破口にセミナー、コンサルティングでデータを集めながらロジックを積み上げる作業がはじまりました。

6.原理・原則(1997 年~)

最初の出版から一気に 3冊の本を出して、誰にでもあてはまる仕事の原則を「仕事のOS」とし、どんな仕事にも内在する要素を「仕事のスペクトル」としてまとめること ができましたが、そこから先の展開はしばらく停滞することになりました。
英国の倒産の余波で千駄ヶ谷の研修会場の閉鎖や職員の残念ながらの解雇などで業務を縮小せざるを得なかったからでした。 いわばかっこよく言えば雌伏の時期でした。
そんな折、ザウルス関連の書籍で知り合った㈱武蔵野小山社長が展開しようとしていたボイスメールの拡販のお手伝いをすることになりました。
私と小山さんは 180 度異なるビジネスマインドだと思うのですが、小山さんの実践方法は当方の仕事のOSやスペクトルにぴったりあてはまる手法だったので、ボイスメールの拡販セミナーを私と小山さんの二人でやると、自分で言うのも変ですが、かなり説得力のあるセミナーを展開することが出来ました。
また、同時にボイスメールは情報機器なので、当方のコミュニケーション理論を構築 するのには最適の商材でもありました。
小山さんとのセミナーのレジュメを作る中で、 停滞していた理論構築がまたはじまり、ほぼ現状の状態まで形作ることが出来ました。 具体的には「自分ひとりと他人と共同」の仕事から、マネジメントに必要なスキルはナレッジとコミュニケーションとさばき方の三つであるとか、自分ひとりと他人と共同の割合は 4:6 で私たちの仕事の 6 割以上はコミュニケーションがらみだとかです。 それらの体系化された内容を「仕事を科学するー社長も変わるとき社員も変わるとき」で紹介させて頂きました。
その他にも従来の仕事のさばき方としてのタイムマネジメントにコミュニケーション、情報処理の考え方を幅広く導入することが出来ました。
この書籍をお読みになった水戸信用金庫の理事長さん(当時)がこれからのビジネス には原理・原則が大事。この本の内容を今後の活動の基本に据えると採用して頂き、様々なデータを収集し更なる理論化の道が広がりました。


タイムマネジメントの普及に向けて:「仕事の仕組み」とその開発エピソード1

タイムマネジメントの普及に向けて:「仕事の仕組み」とその開発エピソード2

タイムマネジメントの普及に向けて:「仕事の仕組み」とその開発エピソード4