タイムマネジメントの普及に向けて:「仕事の仕組み」とその開発エピソード1

この内容は、弊社会長の行本明説(日本タイムマネジメント普及協会理事長) によるタイムマネジメントの歴史についての解説です。行本の一人称として書かれております。

1.タイムマネジメント前夜(1988 年~)

1988 年の 10 月に突然前職の会社を退職しました。タイガースの掛布の引退やら昭和 天皇の病状が騒がしい時期でした。辞めて数日後に高校の剣道部の親友から連絡があり、 関内で飲むことにしました。彼は独立した私を気遣い、自分のお気に入りのシステム手帳(タイムシステム)の良さとそれを使うと仕事が様変わりすることなどを滔々と語っ てくれました。手帳の名前だけはかろうじて記憶に残りましたが、サラリーマン時代の 10 年間は常に社内の残業王をひた走った私には、ほとんど興味がなく、何も考えずに辞めたのでそれどころではない状態でした。 しかし、人生はおもしろい。彼との飲み会が終わった翌週にサラリーマン時代のお客様に退職の案内と不動産コンサルタントで独立する旨のはがきを発送しました。何人かのお客様からお電話やお手紙などで激励をいただきました。その中に激励ではなく仕事のオファーが入っていました。セミナーをやるから取敢えず手伝って欲しいとのことでした。セミナーの内容も確認せずに会社にお邪魔するとなんとタイムシステムの普及のためのセミナーでした。思わず笑ってしまいました。流れが面白かったので、タイムマ ネジメントには全く興味がなかったのですが、お受けすることにしました。得意気にタイムシステムを語った友人の鼻を開かせたい気持ちもあったので。

2.タイムマネジメントへの覚醒(1989 年~)

サラリーマン時代の私は人事泣かせと講師泣かせのいわば札付き社員でした。
結構社員教育に力を入れていた会社だったのですが、とにかく研修嫌いでした。チャンスがあれば研修会場からの脱走を常に考えていました。また、多くの研修を受けましたが、納得できた研修、感心させられた研修の記憶はありません。
そんな研修嫌いの私が、タイムシステムを普及するために英国から持ってきた「A-Time(エータイム)」セミナーを講師になるために聴講する機会がやってきました。
講師は英国で「A-Time(エータイム)」を勉強しかつ大学は UCLA 出身でしたが、二世とい うこともあり日本語は酷い状態でした。
特に板書。
そんな講師としては今一の彼のレク チャーでしたが、それまでのサラリーマン時代のどの研修よりも素晴らしかったことを覚えています。研修嫌いの私が研修中にどんどん引き釣り込まれていく自分を楽しみな がら観察していました。
と同時に「なぜ?どうして引き釣りこまれる?」と自問自答を繰り返す中で、それまでの研修にはなかった論理体系に一本芯が通っているからだと気付きました。そしてその芯は英国産のものではなく剣道で培った日本産の文化として感じている自分がいました。
私がタイムマネジメントにはまった瞬間です。
又理論化がで きるのではないかあと漠然と感じてもいました。

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