2. 時代認識のとらえ方

―情報化社会の歴史的な傾向―

簡単に歴史を振り返ると、人類は16万年前に言葉を発するようになりました。情報化社会は16万年前に始まったといえます。その後交易の発展に伴い音声情報(記憶情報)では交易に支障をきたすため、新しい情報管理技術として記録情報としての記号が約8000年前に生じました。人類の長い情報化の歴史からみると現在頻繁に使われている記録情報は期間的にはわずか5%にも満たない使用期間の短く経験値の少ない技術ともいえます。この記号が文字になった約5000年前に地球上に国家が生じることになります。歴史の勉強では交易の活性化が国家の誕生につながったと習うわけですが、こう考えると交易ではなく情報処理の進歩が国家を誕生させたとも見ることができます。さらに今から2000年前に紙が発明され地球上での記録情報は格段に増えることになります。それが古代国家から中世につながって行きます。そして今から500年ほど前に印刷技術が発明され、いよいよ地球上に記録情報があふれることになると同時に中世から近世社会に移行します。そして現在はかつて人類が経験したことのないような記録情報にあふれかえっています。現在の情報化時代は、かつては記憶情報であった音声や映像さえも記録情報として扱えるほど技術の進歩を成し遂げ、記録情報の管理手法としての紙や印刷技術がなくても記録情報を管理できるコンピュータを開発するにいたりました。そう考えると、現在は間違いなく新しい社会への移行期にいると歴史が教えてくれているように思います。

今の時代のポイントは「記憶」と「記録」にあると思います。人類の歴史をこの記録と記憶、記憶情報量と記録情報量のバランスで考えると一つの傾向が読み取れます。それは、時代が経過するたびに確実に記録情報量が増大しているということです。そして二つの情報の本質的な違いに気づきます。それは記憶情報が記憶する本人に限りなく依存する情報(自律的)であり、記録情報は本人以外の他人の存在抜きには成立しない情報(他律的)であるということです。そうすると人類の歴史は自律的な要素が相対的に減り逆に他律的な要素が増えてきた流れだととらえることができます。極論かもしれませんが、メールの洪水で仕事にならない現象は、他律要素の増大で自律要素が欠落したことによる精神的なストレス状態といえます。

つまり、今回の情報化は今までと異なり、記録情報(他律情報)があまりにも増大しすぎて各自の自律性が損なわれる時代といえます。この状態の解決は二つです。ひとつは流れに任せて他律情報の洪水に身を任せて漂うか、自律要素の強化を図りバランスを取って主体的にコントロールするかのどちらかだと思います。

自律と他律の具体例として北関東のある金融機関の取組を紹介しておきましょう。金融機関の運営は本部から支店に指示が出され遂行されるいわば中央集権的なスタイルです。しかし、実際のマーケットは県北、県央、県南さらには町々で異なっています。本部からの指示(他律情報)だけでは、業績の向上が確約できる状態ではありません。そこでこの金融機関では自律的な支店経営を目標に支店長をはじめ職員が自律的に業務をさばく体制に挑戦し、全国でも有数の業績を構築することになりました。

またもう一つの例として、水曜ノー残業デーの取組があげられます。際立った成果がでるどころか逆に成果の低迷につながっている企業も多数存在しています。その理由も、自律と他律のバランスの悪化がもたらしているとみることができます。水曜ノー残業デーはいわば強制ですから自律ではなく他律情報に基づく取組です。自律的な要素のモチベーションが低下する危険性の高い取組です。

今の情報化時代で賢く(スマートに)仕事をするには一般的には自律3に対して他律7の割合が極めて重要だと考えています。